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2024.09.12
匠の手仕事 鷲巣恭一郎vol.1「思いもよらず、職人の道へ」
温かみのある、柔らかな風合い。どこか懐かしさを感じる色味。
手に取るとふっと心が緩むような穏やかな佇まいは、お茶から生まれた所以なのかもしれない。
日本人の暮らしと共に歩み、静岡の産業として発展してきたお茶。
そして、この地に脈々と継がれてきた、駿河和染の技術が掛け合わさり、お茶染めは誕生した。

穏やかな笑みが印象的な鷲巣恭一郎さんは、お茶染めの第一人者だ。
鷲巣染物店5代目であり、駿府の工房 匠宿・竹と染、染色の工房長でもある。
鷲巣さんは、静岡北部の羽鳥、自然豊かな山間の地で育った。染屋の息子と呼ばれ、染めものの世界は暮らしの中にあった。幼い頃から職人である父の背中を見て育ち、いつか自分も職人になるのだろうと思っていた。
けれど、そのいつかは想像以上に早く訪れることとなる。

「21歳の頃、職人だった父が亡くなり、すぐに継ぐことになったんです」
想像していたのは、大学を卒業し会社員を経て、家業へ入る自分の姿だった。21歳。まだ社会経験もないこの頃、急に訪れた選択肢に戸惑った。本当に自分がやっていくことができるのだろうか。今、家業を継ぐべきか、継ぐことを諦めるか、自分自身に問いかけた。そして、家業を継ぐ決意をする。
「まずは実際にやってみて、厳しければ就職をしようと思いました。継がずに廃業するのは、納得がいかないと思ったんです」
決意したその時から、染めもの職人の道がひらかれていった。一年間、デザイン専門学校へ通い、デザインの基礎を学んだ。この時に得た人脈に、以後も助けられることになる。鷲巣さんは、一般的な修行経験が少ない。継いでから初めて、仕事に触れる日々だった。現実は想像以上に過酷だった。受注依頼を必死でこなし、どうにか納品する日々を続けた。
「あの時、どうやって生活が成り立っていたのか、思い返すと不思議なんです。初めての仕事だから、当然失敗もする。染めて失敗してやり直して、徹夜で働くことも多い時期でした」
続く